2012/05/13

Boston - where no one knows my name




凍えるような寒さもようやく落ち着いた5月半ば。ドームの部屋一面を覆う大改装もいつしか終わり、嬉しさのあまり久しぶりに窓を開けると、初夏の日差しが一気に飛び込んできました。前夜5件のコード・ストローク(脳梗塞急患)を切り抜け、久しぶりにゆっくりと眠った土曜日の昼下がり。目の前に広がる新緑の光景に、思わず外へと飛び出しました。

ルイ・パスツール・アベニュー107番地。仰々しい名前のこの通りには、ハーバード医学校とその関連病院が所狭しと集積しています。病院の最上階からは壮大な自然に囲まれる様子が一望でき、その眺望からかこの一帯の通称はLongwood Medical Area。今日は少し北へと向かいフェンウェイ・パーク(ボストン・レッドソックスの本拠地)を眺め、プルーデンシャル・タワーを真横に、いつか痛めた膝をかばいながら久しぶりに公園沿いを駆け抜けました。
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
ボストンで過ごす日々も少しずつ終わりに近づいてきている――そう思うと、現地の学生との切磋琢磨のさなか、目の前に広がる全てが急にいとおしく感じられます。

そんなボストンでの日々を、今日は少しだけご紹介します。

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ドクター・ライアンとの再会

マサチューセッツ総合病院(MGH)からライアン先生がやってくる! 突如懇親会に押しかけたにも関わらず、快く出迎えてくださった青木眞先生。この場をお借りして、改めて心からお礼申し上げます。懇親会では左隣に青木先生、右隣にはライアン先生と、今思い返せば何とも豪華な配置。もやもやとした思いを全てぶつけたところ、青木先生からは数多くのアドバイスをいただきました。何より「臨床をしっかりやっていると、2SDの幅が広くなるんです」とのお言葉は、ゆっくりとした優しい語り口も相まって私に強い印象を残しました。

懇親会で出会ったライアン先生は、MGHでTravel Advice and Immunization CenterとTropical Medicine CenterのDirectorを務める、熱帯医学の第一人者。UpToDateの熱帯医学のページやNew England Journal of Medicineの総説も、何とライアン先生が執筆されています。「どうして感染症内科を志したのですか」などと素人同然の質問をぶつけてしまいましたが、ライアン先生は笑顔で感染症内科を志望するきっかけとなった(原著Paul de Kruif "Microbe Hunters")を紹介してくださり、別れ際には「ボストンについたら教えてね」と声をかけていただきました。

そんなご縁もあり、先日MGHの感染症内科をライアン先生自ら(!)ご案内いただきました。迷路のようなMGHのビルを歩き回り、やっとたどり着いた先は・・・なんとビルの1フロア全てが感染症の研究室。

きらきらと輝く新しい外来棟は感染症内科だけで20近い診察室を構え、熱帯感染症のみならずあらゆる感染症の患者がやってきます。しかもライアン先生は臨床と研究の双方に従事しながら、その一環としてバングラデッシュのコレラ対策も行っているとのこと。そんなお忙しい中1時間もかけてMGHをご紹介いただき、貴重な体験をさせていただきました。

ハーバードで学ぶ神経内科

今回の留学では感染症内科をローテートすることはかないませんでしたが、現在は第2希望だった神経内科で実習をしています。文字通り切磋琢磨の毎日で、教科書で膨れ上がった白衣をはおりながら朝6時から夜9時過ぎまで病院にこもり、帰宅後は教科書と論文を読みあさっています。

白衣にしのばせるのは、こんなアイテムたち。


  • 診察器具(右上):聴診器、音叉、ハンマー、ペンライト。ここには映っていませんがディスポーザブルのピン(刺激痛検査用)とページャー(ポケベル)も持ち歩いています。さすがに眼底鏡を持っているのはレジデント以降です。
  • マニュアル(左上):Beth Israel Deaconess Medical Center神経内科独自のマニュアルの他に、Pocket MedicineMGH Handbook of Neurologyを持ち運びます。神経内科とはいえ一般内科の知識も活用するので、Pocket Medicineは欠かせません。
  • iPad(右下):コンピュータなしにその場で調べ物ができるので、非常に便利です。
  • 教科書(左下):Introduction to Clinical NeurologyHigh-Yield NeuroanatomyBlueprints Neurologyの3冊。最初の教科書はOxfordから出版されているもので、症例をベースにきめ細やかに解説している点が気に入っています。後者2つは試験対策用の薄いテキストですが、忘れていたことを思い出すにはこちらの方が素早く、現地の学生も多用しています。
ぱんぱんに膨らんだ白衣をたなびかせ、暇さえあれば知識を「グリル」する日々は、楽しくもあり苦しくもあります。患者のかかりつけ医への電話や、院内の他科コンサルも依頼するなど、学生が任される領域は極めて多岐にわたります。ストレスも疲れも日々溜まっていきますが、だからこそ喜びもひとしおなのかもしれません。

"Hey Doc, thank you so much for your support.  I really appreciate it."

先日退院間際のある患者からこう声をかけられました。この患者さん、私がレジデントに言われる前に救急室まで足を運び問診・診察を行い、そのまま入院中もずっと経過を見ていた方。検査で意外な疾患も見つかるなど対応に苦慮し、エビデンスの確立していない検査を他科医師に怒られながらも電話で依頼するなど、私にとっては非常に印象深い方でした。私が医師の卵として、はじめて自立して診た患者とも言えるでしょう。

"You know, I'm not a Doc yet.  But it was my great pleasure to see you - I learned so much from you.  I assume you had a hard time here, but I am glad that you are finally going home."

"No, Doc.  You are the Doc.  Thank you for everything."

ボストンに来てはじめて、すっと肩の荷が下りた瞬間でした。

2週間の脳梗塞ユニットを終え、来週からは一般神経疾患・てんかんユニットへ。休日はじっくりとテキストに漬かり、また月曜日から教科書で膨れ上がった白衣を身にまとい、病院へと足を運びます。
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世界一の病院が集まる街、ボストン。アメリカの歴史を一手に背負うこの街で感じるのは、異なるプロフェッションの相互作用による螺旋的な発展です。ひとたびカンファレンスとあれば、周辺の病院の医師はもちろん、公衆衛生大学院やハーバード大学からエキスパートが集まり、活発な議論を展開します。ヘーゲルの「止揚」がまさにふさわしいこうした光景に幾度となく出会ったことは、ジュネーブでの日々と同じく、私をこの街にも戻りたいと決意させるには十分すぎる体験でした。
予も、いづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず・・・
誰かに出会うたびに名前の発音指導をしてきた2ヶ月間も、今や最終楽章の譜をめくるときが来たようです。思いがけない出会いに数多く恵まれた6週間。これまで以上にひとりひとりとの巡りあわせを大切にし、あと2週間を駆け抜けます。

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